『なぜ男女の賃金に格差があるのか』クラウディア・ゴールディンの研究から学ぶ、女性活躍推進の新戦略
2023年のノーベル経済学賞を受賞したのは、アメリカの経済学者クラウディア・ゴールディンでした。
ゴールディンの研究が、過去1世紀にわたる女性の就労や賃金の変遷、男女の賃金格差の解明を明らかにしたとして評価されたのです。
クラウディア・ゴールディンの著書『なぜ男女の賃金に格差があるのか』は、日本でも翻訳・出版されています。
しかし、関心があっても翻訳本を手に取りにくい方も多いため、この記事では書籍のポイントを解説し、女性活躍推進の視点から企業での取り組みを提案したいと思います。
女性の就労の歴史について
クラウディア・ゴールディンが書籍の前半で紐解くのは、アメリカの女性がどのように働き方を変えてきたか、その約100年の旅の話です。
遡って100年前には、「既婚女性はキャリア形成はもちろん、仕事をもつことができないことがしばしばだった」とあります。
女性のロールモデルとしては、「結婚して主婦として一生を過ごすか、未婚のまま仕事を成し遂げるか」の二択であったようです。
しかし、20世紀が始まってから今に至るまで、女性の職場への参加は大きく変化しました。
その背景に、第二次世界大戦時の人手不足、女性の学歴が上がること、家族の中での役割が変わること、そして避妊方法が進化したことなどを挙げています。
社会や経済の動きが、一世代ごとに、女性の就労環境を大きく変えてきたことが詳細な事例をもって示されています。
男女の賃金格差について
また、ゴールディンは書籍のなかで、女性が職場で直面する障壁や、男女の賃金格差を新しい角度から解説しています。
彼女は、「どん欲な仕事」と「柔軟な仕事」という二つのタイプを挙げ、この選択が賃金格差の核心にあると指摘します。
「どん欲な仕事」とは、長時間労働や常にオンコール(急な呼び出し)にも対応可能であることを求められる仕事です。
通常、これを選べるのはプライベートの時間を犠牲にできる人たちです。
一方、「柔軟な仕事」では、労働者は(特に労働時間の)柔軟性を得る代わりに、しばしば低い賃金やキャリア進展の遅れを受け入れなければなりません。
多くの女性が、家庭と仕事のバランスを取るために後者を選択することが多いため、この二つの仕事のタイプの選択が、男女間の賃金格差を生み出していると指摘しています。
ゴールディンは、この現象を理解し、柔軟な働き方でも公平な報酬を確保する新しい職場の制度の必要性を説いています。
この視点は、賃金格差を解消するための鍵となり、すべての労働者に平等な機会を提供するための出発点となるはずです。
ゴールディンの研究は、女性の働き方がどう変わってきたのか、そしてそれが私たちの経済や社会にどんな影響を与えているのかを明らかにし、今日の政策を考える人や会社を運営する人たちに、新しい視点を与えています。
女性活躍推進につながる2つの施策
クラウディア・ゴールディンの分析に基づき、日本企業での女性活躍推進のために、私たちが取り組むべき具体的な施策を考えてみましょう。
まずは、企業が従業員の働き方について、「どん欲な仕事」から「柔軟な仕事」へと移行を促進することが重要です。
ここでは、日本企業の慣習や文化を考慮して、「仕事の非属人化」と「評価基準の再考」のふたつの視点から変革のプロセスを提案したいと思います。
仕事を非属人化し、長時労働を解消
ゴールディンの示唆からすると、まずは、長時間労働の職場環境を変革する必要があります。
企業の取り組みとして「ノー残業デー」を設けたり、事務のDX化を図り、時間効率化を推進している会社も多いはずです。
しかし、根本的な解決に至っていない場合もあるのではないでしょうか?
それは、従業員の仕事が属人化されていることが原因かもしれません。
ではどうして、仕事の属人化がいけないのでしょうか?
「この仕事はあの人にしか頼めない」
「顧客ごとに、決まった担当者が対応するべき」
このようなバイアス(思い込み)が組織内にあると、特定の社員が長時間労働やオンコールの仕事、すなわち「どん欲な仕事」に従事しがちになります。
「柔軟な仕事」がしづらい職場環境となっている可能性が高いです。
例えば営業職においては、一顧客一担当制を見直し、複数人が担当することを推奨することで、「柔軟な仕事」ができる職場環境を実現できるのではないでしょうか。
このような変革が進むと、仕事の柔軟性が高まり、すべての従業員がキャリアと私生活のバランスを取りやすくなります。
これは女性だけでなく、家庭を持つ男性従業員や多様なライフスタイルを持つ人々にもメリットをもたらします。
評価基準の再考
次に、評価基準の再考が求められます。
現在、多くの企業では、長時間労働やオンコール(急な呼び出し)にも対応できる人が高く評価されがちです。
例えば、「どん欲な仕事」ができるかどうかが、無意識のうちに昇格の判断基準になってはいないでしょうか?
評価基準を見直し、成果への貢献度やチーム内のモチベーションをけん引する能力など、より包括的な視点で従業員のパフォーマンスを評価することが重要です。
これにより、仕事の質と成果に焦点を当て、単に時間を投入する量ではなく、どのように仕事を進め、成果を出しているかを評価する文化を育てることができます。
これらの提案は、ゴールディンが指摘する「どん欲な仕事」から「柔軟な仕事」に移行し、男女賃金格差を縮小するための実践的なステップの一部です。
企業がこれらの変革に取り組むことにより、女性だけでなく、すべての従業員がより公平で満足のいく職場環境で働くことが可能になりといえます。
これらの改革は、女性活躍推進だけにとどまらず、企業のイノベーションと競争力の向上にも寄与し、より多様で活力ある組織文化の構築へと繋がるでしょう。